◆坪内逍遙『当世書生気質』岩波文庫、2006年4月

はじめは少々読みにくい文章だが、慣れてきて語り手の調子に乗ってい くと、非常に面白い。物語の途中で、本筋に関係あるのかなと思うような、書生の会話が描かれてたりして、現代の小説は趣が異なるが、それもまた味わい深 い。二葉亭の『浮雲』もそうだが、なんとか自分たちの手で「小説」を作り上げようとする努力が感じられる。だから、登場人物の会話には、たとえば「小町 田」と「田の次」の物語を「小説めいた」と評する言葉何度か現れるが、小説(語り手)がこれは「小説」なのだということを自身に言い聞かせながら語ってい ると言えるだろう。どのような書き方をしたら「小説」になるのか。何が「小説」的な表現なのか。そんなことを試行錯誤しながら書き進めているようだ。

場面転換の処理とか現代の目からみると、ずいぶんと下手だなと思うかもしれない。当たり前と思う表現方法が、かつては当たり前ではなかったのだ。このことを知るだけでも、この小説は非常に重要だ。

坪内 逍遙
当世書生気質